『とある商社マンの「PING アンサー」パター』
今回はお客さまにご持参いただきました『PING アンサー パター』を元に話を編(あ)んでいきたいと思います。
どのような話になるのか・・・この時点で私もわかりません😅
このお客さま(「Yさん」と呼ばせていただきます)は商社を定年まで勤め上げられた方で現在70歳半ば(2017年現在)のお方です。
私はやはり商社マンであった父の仕事の関係で幼少の頃ロンドンに住んでいたことがありまして、またその後、銀行員としてニューヨークに赴任していたことがあります。
Yさんもちょうどニューヨーク/ロンドンに駐在されていらしたこともありまして、私の勤務先のゴルフレンジで話を重ねる間柄になりました。
その方にご愛用のパターをお持ちいただきましたので、皆さまにもご紹介させていただこうと思います♫
まず、このパターが約30年に渡りましてYさんのゴルフを支えて来たことに敬意を評し、私から感謝の言葉を贈りたいと思います。
「こちらのPING アンサーさんよ 有難う!!」
さて、それではこの道具のお話から始めることに致しましょう♫
【道具についてのお話】
こちらがそのYさんを支えた「PING アンサー」です。
モデル名 :PING ANSER 85068
嫁入り年 :1985 or 1986
売っていたところ:ニューヨーク
ご自分も以前使っておられて
「オッ! 懐かしいなぁ〜」
なんて思いながら、この記事を読んでいただいている方もいらっしゃるのではないでしょうか??
こちらのパターは1985年頃にYさんがロンドンに赴任されていらしたときに手に入れたものなんですね。
同僚の方がロンドンからニューヨークに出張に行く際に買い物を聞かれたYさんが
「それじゃ〜、PINGパターでも買ってきてよ」
と頼んで手に入れられたのがこちらのパターだということです。
PINGパターにつきましては↓で詳しくお話していますので未読の方はどうぞ☕
『パッティング下手が産んだ名器』
今回は、 「ピンパター」 という言葉を産んだPINGパターの誕生についてお話したいと思います。 ピンパターはカーステン・ソルハイム…
このYさんのアンサーパターはブロンズ製なのですね。ですから、Yさんが手に入れられたときにはまばゆく金ピカに✨輝いていた✨はずです。
時を経(へ)るにしたがいまして変色していくのですが、それがまた一つの「味」になっていたんですね。
当時、こうしたPINGのブロンズパターを使用していたプロの中には練習量が多いために、フェースとボールの接点の芯のところだけが丸く変色せずに明るい色で残っているなんていうプロのパターもありました。
プロの練習量、恐るべし😱という感じです。
このおおもとのアンサーシリーズはその後、素材を変え、形を変え「アンサー5」まで発売されましたが、ソールに切れ目(スリットと言います)が入っているのはこの番号のついていない「アンサー」モデルのみなんですね。
このスリットによりまして当時PINGパターの代名詞となった「ピ〜〜ン♫」という高音質の音がなるようになっています。
クラブを拝借させていただいた折にYさんから、
「カーボンシャフト付きのパターってないの?」
というご質問をいただきました。
パターにカーボンシャフトを装着することは1990年頃の日本で、ちょっとした流行になりました。
中嶋常幸プロも当時使用していたPINGの「A BLADE」というモデルにミズノの「エクサー」というゴールド茶系のシャフトを入れたものを使用していたことがありました。
同プロの大ファンであった私も同じものが欲しくてミズノの本店に相談しましたところ、シャフトだけで10万近くする😱ということで諦めた思い出があります😔
実は今回話題になっておりますアンサーモデルにもカーボンシャフト付のものが、その1990年頃のブーム前に既に世に出ておりまして倉本昌弘プロが愛用♥しておりました。
その倉本プロがその「PING アンサー」にどれほど信頼を寄せていたかという逸話があります。
アマチュア時代から数多くの試合に出場していた倉本プロですから、それだけパターの使用頻度もあるわけですよね。当然、グリップが摩耗してくるわけです。
「だったら、新しい✨同じものに取り替えちゃえばいいじゃない!」
というのは素人考え・・・倉本プロは当時、日々摩耗していくグリップを見ながら、
「新しくしなければこのまま摩耗して行って使えなくなってしまう」
けれども、
「新しく装着したものが前のものと同じフィーリングになる保証はない」
ということでグリップを交換することが出来ずに葛藤されていたんですね。
パターがそのようになるにつれて倉本プロの成績も陰りを見せたことを結びつけてしまうと倉本プロに叱られるでしょうか😱
倉本プロにその「アンサーパター」とのその後をお伺いしてみたいですね♫
はるかに時が流れ、次に私が倉本プロを目にしたときにはその手には「その時代の新しいパター」が握られていました。
その倉本プロを大いに悩ませたグリップがこちらのグリップです。こちらの写真は倉本プロのではなく、Yさんのものですよ。お間違いなく♫
倉本プロは「グリップの挿(さ)し方」で悩んでいたわけですが、アベレージゴルファーには意外に知られていませんが、この当時PINGパターに装着されていたこのグリップがまた名器なのです。
グリップにも名器があるんですよ♫
その後のオデッセイやスコッティーキャメロンのグリップにも「何気なく取り入れられて」いますが、PING社が発明したものなんですね。
PP58というグリップで「ピストルグリップ」と呼ばれています。
握った時の違和感が出にくいように指を握る側が湾曲している・・・つまり、反って曲がっていることが特徴なのですね。
よく考えましたよね。本当に頭が下がります。
タイガー・ウッズの優勝のほとんどを支えたパターはスコッティーキャメロンのパターでしたが、グリップは「すべて」このPP58だったのです。
タイガーは言っています。
「グリップだけはPINGだけじゃないと」
・・・と。
PINGって本当にすごい会社だと思います。
タイガーはタイトリスト社やナイキ社と契約していたので「PING」の文字が露出するのはちょっと都合が悪かった😅ので、グリップのPINGの文字の白ペイントを施さない「PP58 ブラックアウト」というモデルを装着していました。
そのグリップは販売されているので皆さんもご使用になれますよ(※)。グリップ自体は¥1,000弱で購入可能です。
※ ただし、今お使いのグリップの重量次第ではスイングバランスが変わってしまうこともあります=詳しくは専門家さんにお尋ねください。
さあ、Yさんお持ちの「PING アンサー」を素材にずいぶんお話してまいりましたね。
最後にゴルフのことではないですが、Yさんは私にとりまして「組織の枠」と「己を通すこと」を調和させた「サラリーマンの鏡」なので、Yさんから今までお伺いしました「コツ」・・・ゴルフの「コツ」じゃないですよ。「仕事」や「生き方」の「コツ」です・・・を少々皆さまと分かち合わせていただきまして本稿を終了したいと思います。
・・・Yさんの「コツ」の方が私のゴルフクラブの話よりも皆さんの為になったりして😱😃
【「枠」の中で「自由」に生きる】
Yさんには「ああ、このことを私が銀行員の現役のときに聞いていれば良かったなぁ〜」、あるいは「上司が同じ話をしていてくれればなぁ〜」という話をたくさんお伺いしました。
私がYさんを知って驚きましたのが、私が15年の銀行員サラリーマン生活で
「やっぱり無理だよな」
と思っていたことを成し遂げられていたということです。
サラリーマンの方であれば大なり小なり「組織という枠」と「己を通す」ことの間の葛藤にあった、あるいは目下あっているという方は少なくないのではないでしょうか?
私は15年に渡る銀行員生活で、
「その葛藤を乗り越えるというその問い自体が無理な問いだった」
と勝手に浅い悟りを開きまして😅、「己を通す」ことで「組織から出る」ことを選択した人間です。
ところが、Yさんは私が無理だと思っていたことをなんと成し遂げられていたので😱
何事も出来ないことはないんですね・・・。
Yさんは私の約50年の人生ではじめてお目にかかるその葛藤を越え、
「組織の枠」と「自らの自由」その両方を両立させたサラリーマン
なのです。
「己を通し」つつ、しかも、組織の枠の中で「サラリーマン生活をご定年まで全うされた」
のですね。
私からすればもう
マジシャン
ですね。
Yさんは商社の管理職の時代に他の部署で教育しきれなかったいわゆる組織側からしたら「困った社員たち」を人事部からの要請で自分の部署に受け入れ続けました。
そしてご本人曰く「一人を除いて」残る全員は普通に仕事ができる社員に育ったということです。
また一般的には退職しますと現役世代からはなかなか声がかからなくなりがちですが、Yさんは「昔の上司」、「昔の部下」、「当時のお客様」から
今も引っ張りだこ
なのです。
当時喧嘩した上司や叱られたお客様とも未だにお付き合いがおありになるというところもにもビックリします。
まったく
不思議な方
としか言いようがありません。
さて、そのYさんからあなたのためにも役立つかもしれないヒントをいただきましょう。
◆ 見えないものの掘り出し方
商売にしても何にしても
「見えているもの」は誰にでも出来る。
「見えないもの」こそが独創性であり、活路を開く。
それにはまず、「業界の中」にしても、「目の前の仕事」にしても、「目の前の人」にしても見えているものに対して
「なぜ?」
という疑問を持つ。
次に
失敗事例から学ぶ。
その際のポイントはその失敗した人が
「なぜうまく行かなかったのだろうか?」
ということ。そのことをよく考え、そして
自分なりの仮説を立てる
こと。
その後に
行動する。
その際はそこまで詰めても
「当たらないものが多数だ」
ということを覚悟の上で行う。
当たらなかったら、
再度このプロセスを回転させる
だけ。
・・・ということだそうです。皆さまもお試しを。
Yさん、「パタークラブ」と「教え」を
ごちそうさま
でした。
今回もお読みいただきまして有難うございました😃
また一緒に楽しみましょう!!