『アイアンづくりの名手』
本日は日本が誇るアイアン作りの名手についてお話をさせていただきたいと思います。
その名手といいますか名工の名は、
三浦勝弘氏
です。
三浦技研の創業者です。
ゴルフクラブが好きな人にとりましては当たり前の話ですが、意外にご存じない方が多いので、ここでご説明させていただきますと、例えばナイキのアイアンクラブと言いましても、ナイキ社で作っているわけではなく、クラブヘッドを制作する会社というのがありまして、そこが制作したクラブヘッドにナイキの刻印を入れるわけです。
ミズノの一部のクラブのように自社で制作しているものもありますが、非常に珍しいですね。
三浦勝弘氏はそうした大手メーカーにクラブヘッドを納入する方でした。
ミズノのアイアンというのは今でも人気があるのですが、私の記憶が正しければ1995年くらいまでは三浦さんの手によるヘッドが収められていました。
その後、様々な経緯がありましたようで(※)、三浦さんは独立されます。
※ ここでは長くなりますので割愛しますが、三浦さんの職人魂の一端を窺い知ることの出来る話です。
三浦さんは大手メーカーにクラブを納入していたものですから、例えば1991年のマスターズトーナメントでは優勝(イアン・ウーズナム<ウェールズ>)、2位(ホセ・マリア・オラサバル<スペイン>)の選手の手に握られていました。
ミズノのアイアンの良さとあいまって、徐々に三浦さんの技術は世界に知れ渡っていきます。
三浦さんの凄さを物語る話として、タイガー・ウッズ選手がプロになる時に彼はタイトリストとクラブ・ボール契約をしたのですが、アイアンを作ってもらうのに「三浦氏にクラブを作ってもらうこと」をタイトリスト社に要求しました。
タイトリスト社はタイガーの専属になってもらうように三浦さんへ依頼したのですが、三浦さんはこの専属の話を断ります。
専属にはなりませんでしたが、タイガーの多くの優勝に貢献したタイトリスト社のタイガー・ウッズモデルは三浦さんの手によるものです。
三浦さんは会社を興すにあたりまして、「三浦技研ブランド」のアイアンヘッドを発売します。
そうした三浦氏の息の入ったアイアンを使いたくて、私も三浦技研の中でもヘッドの大きさが最小だったMB-5002や一番簡単なCB-3003を使いました。
MB-5002は「もう必要な大きさしかない」というほどクラブヘッドが小さいアイアンでした。
三浦技研には「Miuraism」というモデルがありまして、三浦技研と相談の上、アイアンを作ってもらえるというモデルがあります。
・・・高価ですが。
このようにゴルフ業界にも素晴らしい職人が存在しているんですね。
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